WTF Japanese Transcript 7
写し
1.7 レベルとホリゾンタル
さて、これまでにコミュニケーションにおける効果的な身体の使い方、相手との位置関係、姿勢などについてお話してきました。 ここでは、高さや空間、距離といったものがどのようにコミュニケーションに関わってくるかについて説明していきます。
一つには制御された環境でお互いに面と向かって立ちながらコミュニケーションをとるような場面があります。しかし実際にそのような状況がどの頻度であるでしょうか。
日常生活の中では、おそらくテーブルに座って会話をしたり、あるいは休憩室や食堂で並んでいる間に立ちながら話したりすることがよくあるでしょう。時には部屋の反対側から相手に話かけるときもあるかもしれません。自分よりも背が高い人、背が低い人、自分よりも身体が大きい人や小さい人と、その中でも社交的な人または内気な人、様々な人と対面することがあります。時には、舞台上から観衆を見下ろしたり、同僚や従業員を前に話さなくてはいけないこともあります。
このような様々な状況は、これまでのエピソードでお話ししてきた体の使い方、相手との位置関係、体の向きや、姿勢がコミュニケーションにどのように働くかに影響します。
レベルとは、他の人や物に対して身体が垂直方向に占める空間と考えてください。例えば、立っている人は、椅子に座っている人や横になっている人とは異なったレベルを占めています。ただし、これは立っているか座っているかだけのことではありません。ステージ上に立っている人は、観衆の中に立っている人とは別のレベルにあり、身長190cmの人と165cmの人では異なるレベルを占めています。背の高い男性が座っていれば、背がそれほど高くない私は、彼と同じレベルにあるということもあります。
ホリゾンタルは、体が人や物に対して水平方向に占める空間のことです。プレーンというのは身体の前後の空間のことをいいます。ホリゾンタルは左右に移動する横方向への動き、つまりプレーン上でどの横位置を取るかということです。
レストラン内のブース席に座っている二人を想像してみてください。テーブルを挟んで向き合った二人を背後から見た場合、二人はお互い真正面を向いて、体がフルフロントポジションの状態で、同じホリゾンタル上に位置していますが、それぞれ異なったプレーンを有しています。横に並んで座った場合は、同じプレーンをとっていますが、それぞれ異なったホリゾンタルに位置していることになります。
座標グラフで考えてみると、横に伸びているX軸はホリゾンタルで、上下に伸びるY軸がレベル、前後に伸びるZ軸がプレーンということになります。グラフ上で考えるのはちょっと難しいかもしれませんね。ここでは単純に上下、前後、左右と表現することにしましょう。
では、まずレベルについてお話します。レベルの基本は、縦方向に注意を向けるということです。
大抵の場合、頭の位置を確認することによって相手が占めているレベルを決定づけることができます。逆立ちしている場合を除いては、頭は人が身体が占める空間の一番高いところにあります
立ったり、座ったり、ひざまずいたり、横たわったりすることで、とっさにレベルを変えることができます。時には、建物の構造、あるいは地形によってレベルが決まることもあります。建物の多くは、人為的に作り出したレベルによってある特殊な効果を生み出すように設計されています。劇場、公共ステージ、表彰台、教会、シナゴーグ、モスク、法廷などの建物は人々の注意を引き、注目を集めるためにレベルとホリゾンタルの機能を考えて設計され、一体感や分断の度合いを通して、特定の情報を伝達することができます。
ちょっと法廷の様子を想像してみてください。裁判官席は法廷のどの場所よりも高い位置にあります。裁判中、検察官や弁護士は立ったり座ったりしてレベルを絶え間なく変えるところ、裁判官はずっと座ったままです。証人台は、被告人席より高いところにありますが、それでも裁判官席からは1段2段下がったところにあります。この特異な位置関係では、法廷の設計の仕方によって、ある権限を裁判官に与え、その空間に存在するすべての人物と一線を画しているのです。裁判官は、法廷の中で特別なレベルを占めているのです。誰もそのレベルを共有することはできず、それによって象徴的な分離が生じます。裁判官の視線は、弁護士、検察官、被告、証人などに下がり、彼らの視線は裁判官に向かって上向きになることになります。
さて、続いては劇場でのコンサートに行ったとしましょう。パフォーマンスは、高く作られたステージで行われます。そのため、演奏者と観客が分離された状態になります。アーティストが舞台から降りて観客の間を練り歩くような公演行ったことがあるとすれば、アーティストが観客とレベルを合わせるようにしたときの雰囲気は全く違ったものになる事がわかると思います。
レベルを戦略的に利用するための鍵は、いつレベルの格差を創るかまたは無くすかということです。共感できる経験をつくりだしたい時は、自然と相手と同じレベルに自身を位置づけるのが普通です。
子供と遊ぶときに子供のレベルまで腰を下げたり、全員がそろって椅子に腰をかけてから食事を始めたり、チームメートが負傷したときは、そのプレーヤーの回復を膝をついて待ったりするということがあります。アナウンサーが聴衆に「皆さん、立って下さい」と言うとき、 そこに存在する人全員で共通の経験を生み出すために意図的にレベルに変化を与えているのです。また、このレベルを用いて個人をグループから分離し、共通の場面を意識的に一個人が注意を引くような場面へと変化させることもできます。結婚式で乾杯の音頭を取るとき、会議で自己紹介をしたり、表彰台に上がって表彰を受けるような場面がそれです。
オリンピックにみられる壇がいい例です。表彰台は金、銀、銅の3つの異なった高さの台があり、第四のレベル、つまりメダルには届かなかった参加者と観客が共有しているレベルとは一線を画しています。例えメダルの色がなくても、それが序列を表しているのは明らかです。表彰台は群衆から3人のメダリストを分離し、メダリストの中でも異なったレベルを用いることによってそれぞれの序列地位を明確に示しています。この4つの高さの違いから全体像が容易に把握できるようになっています。しかしホリゾンタルからはそれ以外にも得られる情報があります。それについては、このあとすぐに。
ここで議論する技術や原則の多くは、演劇の世界から引用しています。そうした技術や原則は演劇以外のことにも当てはめることができますが、舞台上での効果を例にとって、こうした技術をどのように活用することができるのかはこれまで話すことはありませんでした。ホリゾンタルの概念は、その舞台上における活用方法を理解することで、より深く理解することができます。
では早速、3つのタイプの舞台構成についてお話しましょう。ホリゾンタルに加えてプレーンについても取り上げ、さらにプレーンとホリゾンタルの関係についても話していきます。
まずは最も一般的にみられる舞台形式、プロセニアム形式です。プロセニアム·アーチという舞台前面の額縁状の枠に舞台を収めた形式で、客席と舞台とが向かい合う形になっています。舞台は高くなっているかもしれませんし、そうではないかもしれません。客席は舞台と同じレベルのフロアか傾斜がある階段状になっています。典型なプロセニアム形式の劇場では、観客席は舞台に対して正面を向くように設置されていますが、ときに少し内側に湾曲して向いていることもあります。
ほとんどの劇場、オペラハウス、映画館はこのタイプの様式を採用しています。
ここでは舞台を9つの格子状に分けることができ、舞台から観客を見たときのそれぞれの呼び方があります。まず中心の部分をセンターステージといいます。センターステージから水平に広がった左側パートをセンターレフトと呼びます。センターステージの右側のパートをセンターライトと呼びます。あなたがセンターステージに立っているとして、聴衆に向かって前進すると、その部分はダウンセンターと呼ばれます。観客から遠ざかるようにセンターステージからそのまま後方に移動する部分はアップセンターと呼ばれます。アップセンターとダウンセンターからそれぞれ左右に動くと、アップレフト、アップライト、ダウンレフト、ダウンライトなります。
役者が舞台上を移動するとき、観客とこれらの立ち位置が一定の基準になります。中央からの前後移動にも、中央からの横方向移動にもそれぞれの視覚的効果があります。プロセニアム形式の舞台では、観客からは横方向の動きがよく見えます。これは観客の焦点をどこに向けるかに関係してきます。ダウンレフトに位置するときと、センターステージに位置するときとは視線の集め方が異なります。プレーンやホリゾンタルに変化を加えることで観客との関係が変化します。センターステージから観客へ近づくようにダウンセンターに動いたり、観客から遠ざかるようにバックセンターへ戻ったりとプレーンを変えることで与える印象が変わるのです。このことは、両者から見える基準となる境界線が明らかであるため、観客にも役者にも簡単に理解できるでしょう。プロセニアム形式では舞台は劇場内すべての座席から正面に見えます。前後、左右の動ききはよく見ることがきますが、これはスラストステージ形式ではそういきません。
スラストステージは、舞台の三方を客席が囲むような舞台形式のことです。これにより、ホリゾンタルとプレーンの認識が複雑になります。スラスト形式の舞台もまた9つの部分に分けることができますが、劇場内のある客席から横方向の動きとして見える動きが、別の客席からは前後の動きとして見えます。役者は、ある方向の観客席に対して、プロセニュウム形式の舞台と同様の意識の向け方で動くことができますが、観客の座っている席の位置によってはアップステージ、ダウンステージと見えるものが、他の席からはレフト、ライトの動きとして見えることになります。役者が体の方向を変えると、ある観客はプロファイルポジションを見るところ、別の観客はフルフロントを見て、またその他の観客はフルバックポジションを見ることになります。スラスト形式の舞台で役者を演出するには、舞台上への異なる視線を意識した演出技法を十分に理解しておく必要があります。
こうした概念がどのように実際の私たちの生活の上で役立つのか考えることができます。ただし大きな違いは、実際には基準が絶え間なく変化するということです。またアリーナステージと呼ばれる形式では、ステージの四方をぐるっと客席が囲むようにできています。ここでは、プロセニウム形式の舞台、観客、舞台上の分け方の基準を当てはめることはもうできません。
その代わりとなるのは、その場の役者によって決められた基準点です。観客はそれぞれ異なった角度から舞台を捉えるため、アリーナステージ上の役者は、観客との位置関係に基づいてその見え方を変えることはできません。前後左右どのように動くかは、その場のすべての状況、つまり役者やその他のすべての要素に応じて決まるのです。
さあ、私たちの生活にはどの舞台形式が当てはまると思いますか。全てでしょう。それはあなたがどう基準を定めるかに左右されます。
私たちは普段の生活の中で建物の状況や環境的要因に影響を受けて、方向付けされた状況に多く出会します。群衆に向けて話をしたり、プレゼンテーションをするときはプロセニアム形式、またはスラスト形式と取ることが多いでしょう。焦点をどこに向け、どう向けさせるべきかは明確です。混雑したバーやパーティーでは、アリーナステージ形式に似た状況を当てはめることができます。人々が自分の周りのどこにでもいるので、あなたは固定的な基準軸を持たない状況の中で行動することになります。
前回までのエピソードでは、体の使い方、つまりラインフォーカス、オリエンテーション、プレーン、フレーム、スタンスの概念を紹介しました。それらによって、人々が自分の回りにいる中でのコミュニケーションにおいて、相手と自身の体の使い方がどのように機能するかは容易に認識し理解することができます。相手はどこに意識を向けているのか。その方向をコントロールするために、体の向きをどのように使っているのか。情報を与えたり受け取ったりするときに、どのようにプレーンを変えているのか。体の保ち方として、その重心は話に耳を傾けるようになっているのか、あるいは注意を逸らすようになっているのか。体はバランスがとれた状態になっているかといったことです。しかし、ホリゾンタルは少し複雑です。それはホリゾンタルを2つの全く異なる方法で解釈し、使うことがあるためです。
それはどういうことかというと、一つは、プロセニウム形式舞台とその舞台上を9つに分けた線を考えて、それを基準として自分の位置を決めることです。この場合、横方向の動きは固定された視点で捉えることができます。ここで難しいのは、私たちは常に二つの基準から見るホリゾンタルを同時に使っているということです。
例えば、あなたは部屋の東の角に立っているとします。そこにはドアがあります。あなたから見ると、ドアはホリゾンタル上の左側にあります。しかし、体の向きを変えると、ドアはもうあなたのホリゾンタル上にはありません。あなたの左側には窓があり、東の角のドアはあなたの背後に位置することになります。あなたから見ると、ホリゾンタルは常に変化しています。しかし、ドアは東の角にあることは変わらず、部屋に対してのホリゾンタルが変わることはありません。個人からみるホリゾンタルと周りの環境からみるホリゾンタル両方があなたの判断の基準になるのです。
いつもはまとめを持ってエピソードの締めくくりとしますが、今日は代わりに、ちょっとしたエクササイズをして終わりにします。
生活の中で、自分からみる個人的なホリゾンタルと周りの環境を基準としてホリゾンタルがどのように変化し、移行しているのかぜひ考えてみて下さい。あなたの置かれる状況が変わるとき、それは今日お話した3つ舞台形式のどれに当てはまるのか考えてみて下さい。
視線の向け方や境界線が明らかなプロセニウム形式なのか。時に状況が基準がはっきりしているプロセニウム形式からアリーナ形式に変化するかもしれません。
まず相手との位置関係を考えましょう。そして日常生活やコミュニケーションにおいてレベルがどのように用いられているか考えてみてください。
レベルにも注意を払ってください。日常生活においてレベルがどのように用いられているか気をつけてみて下さい。意図的または非意図的につくられたレベルがどのように影響しているかに気が付くはずです。意図的に感じるものについては、なぜか考え、あなたと周囲の人々が物理的な条件としてのレベルの設定をどのように意識して行動するか、また、様々な社会的慣習におけるレベルの使われ方についても考えてみましょう。
コミュニケーションのあらゆる側面におけるレベルとホリゾンタルの働きを理解することで、高さや空間、距離を用いて、言いたいことをより明確に伝える能力を養うことができます。そして重要なことは、コミュニケーションが行われる場面で自身の限られた状況を理解することで、状況を見極め、その場をどのように乗り切るかを考えることができます。覚えておいていただきたいのは、レベルとホリゾンタルが相手との間に分離感を創り出すか、またはそれを無くすかを決めているということです。